2012年12月31日月曜日

安倍新政権の高校無償化法「改正案」に対するUSMの意見表明

 自民党の安倍新政権になり、いの一番に高校無償化法から朝鮮学校を排除するための「法改正案」が発表されました。
 民主党政権時においては、朝鮮学校を排除することに法的な正当性がつけられないために「判断を留保する」という形で実質的な排除を続けるといった「不作為の弾圧」が継続されてきましたが、これからは積極的に在日朝鮮人弾圧を行うことを「国民の理解」を根拠に推し進めるという立場の表明であり、明確に一線を越えてしまったといえます。

 奇しくも、「インターネット国民投票」なる擬似国民投票サイト(「ゼゼヒヒ」 http://zzhh.jp/questions/96)も登場し、朝鮮学校の無償化の是非について投票がおこなわれていますが、「国民の理解」や「世論」といったマジョリティの感覚にマイノリティの権利が左右され、マジョリティの理解が得られなければマイノリティの人権が侵害されて当然だという風潮が浸透していくのは極めて危険なことです。

 普遍的人権としてあらゆるひとも排除されない、権利を侵害されない社会を目指さなければならないのはもちろんですが、在日朝鮮人は日本にとって抽象的な「マイノリティ」ではありません。かつて植民地支配によって朝鮮民族の領土、資源、文化、尊厳などあらゆるものを収奪した加害者と被害者の関係であり、日本政府は植民地支配による加害行為の補償と尊厳回復のために、積極的に民族教育を保障しなければならないことは何度も確認しておかなければなりません。

 にもかかわらず、このような官民一体の朝鮮人弾圧に対し、言論機関であるマスコミが警鐘を鳴らすことすらしていません。毎日新聞では、高校無償化からの排除に対し以下のような社説を掲載しました。

社説:無償化見送り 排除にとどまらずにhttp://mainichi.jp/opinion/news/20121230k0000m070069000c.html
毎日新聞 2012年12月30日 02時30分

 政府は高校無償化を朝鮮学校に適用しないことにした。民主党政権で棚上げ状態にされてきた懸案だった。ただ、これでこの問題は終わり、ではないはずだ。
 高校無償化は、国全体で生徒の学びの機会を支えるための制度で、学校自体を援助するものではない。
 下村博文文部科学相は不適用の理由で、北朝鮮による拉致問題に進展がないことや、朝鮮学校が朝鮮総連と教育内容、財政などで密接に関係していることを指摘し、このままでは国民の理解を得られないとした。
 確かに北朝鮮は拉致問題解決に向けて誠意ある対応がみられず、ミサイル実験や核開発疑惑など、挑発的な示威行為も絶えない。
 また教育内容でも、北朝鮮の独裁体制の礼賛や独善的な見方がみられ、問題があるとこれまでも指摘されてきた。こうした状況では無償化の対象にすることへの違和感や反対する意見も多く出よう。
 だが、朝鮮学校に学ぶ生徒の大半は日本に生まれ育ち、将来も日本社会に生きる。教科学習も日本の高校に相当し、多くの大学は朝鮮学校卒業生に受験資格を認めてきた。高校のスポーツ競技でも交流は活発だ。
 生徒それぞれの学びの機会を経済的に支える、という制度の理念に、朝鮮学校の生徒を一律に除外するのはそぐわない。
 社会に根差した生徒たちを、単に排除的に扱うだけでは解決にはなるまい。他方、朝鮮学校や総連側も問題指摘には応えるべきで、社会の無理解があるというのならば、積極的な情報公開が必要である。
 開放性と校内外の情報共有は今の学校教育のキーポイントだ。
 その意味からいえば、前政権や文科省がこの問題についてどう審査し、判断していたか詳しく検証し、公開することも必要ではないか。
 高校無償化は民主政権の目玉公約の一つとして2010年度にスタートした。「各種学校」である外国人学校は、日本の高校に相当する程度であることなどを大使館を通じて確認、制度適用の対象になる。
 国交のない北朝鮮については専門家らの検討会議などで、適用対象である「専修学校高等課程」の要件を審査基準のベースにした。これでクリアするとも目されたが、北朝鮮による韓国砲撃事件で審査は止まり、結論は先送りになってきた。
 例えば、審査基準に教育内容の是非は含まないが、文科省は内容に懸念される実態があれば、学校側に自主的な改善を強く求めるとしていた。それらはどうであったのか。
 本来、生徒に罪や責任はない。単なる排除だけにとどまらない状況改善への模索を絶やすまい。

 この社説の問題点をすべて指摘はしませんが、「朝鮮学校にも変わるべき部分や情報公開が必要」といった言説は、マジョリティ自らの責任のサボタージュを朝鮮学校側に転嫁するものに他なりません。繰り返しになりますが、在日朝鮮人に対する政策は、植民地支配の歴史とその継続性・当事者性を抜きに語ることはできないはずです。本来であれば言論機関、マスコミはこのような問題の本質を指摘すべきところであるにもかかわらず、自らの責任をも放棄してしまっています。このような政治、言論の後退を看過することはできません。
 現在、政府では朝鮮高校を無償化法から除外するための「法改正案」に対するパブリックコメントを募集中です。http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000617
 1月26日までです。
 政府の「国民の理解」という言葉によって、一人ひとりの良心が値踏みされ、差別・弾圧の共犯にされようとしています。
みなさん、声をあげましょう。


2012年11月27日火曜日

日朝平壌宣言と朝鮮高校“無償化”除外問題から見える継続する植民地主義

【民主党政権により高校“無償化”制度が施行され2年半が過ぎましたが、いまだ朝鮮高校には適用されず、「議論を白紙に戻す」と文科大臣が発言し、問題が棚上げされたまま衆議院解散総選挙を迎えようとしています。ここで、USMとしてあらためて高校“無償化除外問題”についての意見表明をしておきたいと思います。】

 今年は2002年小泉訪朝時に発表された日朝平壌宣言から10年の節目の年です。平壌宣言から10年を経たいま、どのような視点から日朝間の問題と在日朝鮮人に対する差別・弾圧政策を問うていかなければならないかを改めて考えたいと思います。

直近の問題として、2010年の制度開始から2年半が経過した現在も高校無償化法(就学支援金制度)の対象から、朝鮮高校へ就学する生徒が除外されたまま「審査継続中」とされている問題について、世論は「朝鮮学校は『北朝鮮』および朝鮮総聯の関係団体であるため支給対象から除外すべきであり、朝鮮学校を除外するためには新たな『理由』を作り出しても構わない」というムード一色に染まっています。世論が排外的かつ差別的な空気によって醸成され、“ムード”によってこのような在日朝鮮人に対する差別が行われてしまっていることは批判されるべきなのは今更確認するまでもありません。

しかし、そういった世論に対抗するための言論自体も、世論に対抗しようとすればするほど徐々に植民地主義や同化主義といった外国人を支配対象とみなす方向に傾いてしまっていることを指摘しておかなければなりません。つまり、「朝鮮学校は反日教育をしていない」、「朝鮮学校は多言語教育やグローバル人材の輩出をおこなっており日本の国益につながる」、「朝鮮学校の生徒も普通の高校生、わたしたち(日本人)と同じである」といった対抗言説は、すなわち「日本の国益につながる、『準日本人』であれば『恩恵』の対象にすることもやぶさかでない」と言っているに過ぎません。裏を返せば「反日で、日本の国益に繋がらず、同化することのない異質なものであれば排除しても構わない」と言っていることになります。

この2年半あまりの間、多くの人々が朝鮮学校無償化除外問題に対する意見を述べ、それを見てきましたが、進歩的な立場を取ろうとしている人でさえも、在日朝鮮人を異なる立場と価値観を持つ尊重すべき他者としてではなく、“わかりやすさ”を求め、わからないものへの不信感、日本への同化や帰順をせまる強迫観念、異なる価値観との共存を前提としない排他的な価値観を否定できていない意見を述べてしまうといった場面がまま見られました。

在日朝鮮人の権利が、マイノリティの権利として、日本の少数民族のアイヌや沖縄の人々と同列に語られることもありますが、ここで忘れてはいけないことは、在日朝鮮人は、日本におけるアイヌや沖縄の人々などの少数民族とはまた異なった立場であり(もちろん少数民族が介入や支配を受けて良いというわけではなく、現状日本においてはアメリカのマイノリティ同様、“多民族国家日本”の枠組みに包摂されている事実があるのに対し、在日朝鮮人は祖国を持つ存在である)、日本の内部の”少数民族”の扱いとして日本によって直接的に介入されるべき対象ではないということです。※1。

民族教育を受ける権利も、どのような教育を行うか決めることも、どちらも民族的権利であり自主権です。そもそも日本政府が民族教育機関の教育内容を“審査”すること自体が不当であるにもかかわらず、それを不問にしながらも「朝鮮学校は日本の国益になる」などの論を基盤にした「定住外国人の権利を認めるかどうか」という論議が行われることは、すでに民族の自主権を侵害していることが見過ごされています。このような状況では、在日朝鮮人の“権利”に関する議論が、“恩恵”を施すのかどうかという度量の問題にすりかえられてしまいます※2。外国人の権利が日本のシステムへの利益還元の度合いによって左右されたり、国家および国家に自己を投影している人々のさじ加減で決めたりできるという幻想を抱いている以上、日本は植民地支配の精神性を克服できていないといえるのではないでしょうか。差別や排外に対抗しているはずの側が植民地主義や同化主義を採用してしまいやすいことは、日本が敗戦後植民地支配と戦争・戦後責任を放棄したまま現在に至ってしまったことと無関係ではありません。

 日本は敗戦後の戦後処理において、アジア諸国に対する「お詫びの気持ち(95年村山談話)」を示す一方で、教科書からは次々に植民地支配や侵略戦争に関する記述が改悪・削除され、閣僚や知事、首長が歴史を修正し被害者を侮辱するような発言を行なっても野放しにされるなど、本来の意味での真摯な謝罪と反省は行ってきませんでした。そして、賠償・補償金ではなく途上国支援の経済協力金、独立祝賀金といった名目の、いわば金にものを言わせる形で、自らの加害責任をごまかしてきました。
 
 そのような流れの中で、朝鮮民主主義人民共和国との“関係正常化”は、日本の植民地支配責任問題にいかに向き合い謝罪と賠償を行うことができるか、という日本にとっては最後に残された機会でした。しかしながら、その最後の機会も従前通りの経済協力によるごまかしの手法を踏襲する形で発表された日朝平壌宣言により失ってしまいました。植民地支配を「痛切な反省と心からのお詫び(02年日朝平壌宣言)」の気持ちを持って振り返るのならば、謝罪と賠償を行うこととあわせて植民地主義から脱却しなければならないのであって、間違っても経済制裁や在日朝鮮人への弾圧政策を推し進めるべきではありません。

 また、平壌宣言に謳われている日朝国交正常化に関しても、日本国家と日本人自身の主体的な脱植民地主義の過程において“正常化”がなされるべきであり、朝鮮高校の“無償化”除外問題における「国益か否か」というような、自らの利益のみを主眼とした議論と同じ形でなされるべきではありません。

 日本での議論は常に「試されるべき・変わるべきは朝鮮の側」であるかのような認識が当然のようになっていますが、高校“無償化”除外問題も日朝国交正常化や植民地支配問題も、主体的に問題に向き合い、加害の清算と現在まで続く歴史的な責任を果たさねばならないのはあくまでも日本の側であるということを今改めて確認しなければいけません。

 日本の植民地主義は現在まで克服されることなく一貫して継続しているということ、そして“わたしたち”はその歴史の継続性のうえにいる責任ある当事者であるということをしっかりと認識し、ごまかしではない本質的な議論がなされない限り、関係の”正常化”がなされることはないでしょう。

(T・S)

※1 梶村秀樹「定住外国人としての在日朝鮮人」『思想』1985年第8号、23頁。
※2 崔権一「在日朝鮮人社会と運動に対する攻撃の本質~朝鮮学校対する弾圧から見えてくるもの」『社会評論』2012秋、80頁。
    留学同中央「権利と恩恵」コチュカル通信』280号。

2012年7月25日水曜日

ウリハッキョの夏祭り


愛知のウリハッキョで開催されるのお知らせです

学生たちの文化公演や、朝鮮料理の屋台などもりだくさんの内容です♪


そして、地域、同胞社会でウリハッキョを支えている姿がみえてくると思います。


もちろん一般大歓迎なので、この機会にぜひウリハッキョに足を運んでみてはどうでしょうか^^

《日程》
7月28日(土)18:00~愛知朝鮮第七初級学校「ふれあいの夕べ(尾張瀬戸駅徒歩20分)
8月  5日(日)16:00~東春朝鮮初級学校「コリアンサマーフェスタ(春日井駅徒歩15分)
8月26日(日)16:00~名古屋朝鮮初級学校「トブロ祭」(名古屋駅徒歩10分)

2012年5月22日火曜日

【レポート】シンポジウム「多文化共生」論を問い直す―在日コリアンの視点から―

遅くなりましたが、4月22日に開催されたシンポジウム<「多文化共生」論を問い直す―在日コリアンの視点から―>のレポートです!

当日、会場にはUSMのブース企画として「南北コリアと日本のともだち展」より南北コリア、そして日本のこどもたちが描いた絵を展示しました。とても好評の企画でした。




当日は雨が降り、参加者が少なくなるかと心配しましたが、約70人もの参加者があり、大盛況のシンポジウムになりました。




まず、在日本朝鮮人人権協会の金東鶴さんが「朝鮮学校の歴史と民族教育の歴史」というテーマの報告において、朝鮮人の権利としての民族教育がどのように日本において位置づけられてきたか歴史的に検証し、日本の問題を浮かびあがらせました。




次に、獨協大学の非常勤講師である金泰植さんが「『相互理解の場』としての朝鮮学校のために」というテーマで報告。内容については、金泰植さん本人のブログでアップされていますので、こちらをぜひご覧下さい。
http://d.hatena.ne.jp/ktaesik/searchdiary?word=%2A%5B%BA%DF%C6%FC%C4%AB%C1%AF%BF%CD%5D(ブログ「泰然自若~ある大学非常勤講師の備忘録」)




次に、沖縄から日帰りでシンポジウムにかけつけてくれた琉球大学の野入直美さんは、アメラジアンスクールにおける実践を紹介。ここでは、日本社会の排他性が浮かび上がってくると同時に、朝鮮学校の歴史的な実践が、アメラジアンスクールなどマイノリティ教育にどれだけ意義のある実践だったかということが見えてきました。




2部のパネルディスカッションでは、愛知県立大学の山本かほりさん、名古屋大学の浮葉正親さんの司会によるパネルディスカッションを行い、会場の参加者とも議論を重ねました。特に、「多文化共生」と言う言葉がもつ「空虚さ」、そして運動実践につなげる困難さについて多く意見が交わされました。




そして、わたしたちUSMの紹介も行ないました。
引き続きメンバー募集中!!(切実)






最後に、今回のシンポ参加者の感想を、一部紹介したいと思います。




●「多文化共生」論から現在在日朝鮮人を取り巻く差別と排除を考える上で、また日本におけるマイノリティのアイデンティティ構築のための教育をテーマに考える上で、今日のシンポはとても刺激になった。
「多文化共生」の実践の上でのジレンマのような問題点、「多文化は日本の“国益”になる」や、マジョリティの寛容さに頼ったまま、支配的な関係を維持したままの、ある意味マジョリティや国家機関にとって都合良く耳障りのいい言説をマイノリティを支援する側が使わなきゃいけないということを知ることができた。そして自分自身もマジョリティに説明するときに似たようなことをしていることに気づかされ、深く反省する契機となった。
 その意味で金泰植さんの多文化共生といわゆる財界のいう“国益”は関係ないし、ことさらにマイノリティの子どもたちの“素晴らしさ”や“健気さ”を売りにする活動や支援運動に疑問を持てるようになった。刺激的な言葉に感謝したい。(無記名)


   公立学校が今の形のままでは多文化社会に対応していくことができない。実際に対応しきれない部分があらわになり、様々なところで破綻をきたしてきている。金東鶴先生のコメントにも「自分が何者であるのか、日本の学校では対応できない」との話もあった。
 朝鮮学校やブラジル学校様々なエスニックスクールという選択肢は自分が何者であるのか子どもが自分のアイデンティティを確立していく課程の中ではポジティブな効果があることだろう。アメラジアンスクールも然りだと思う。
 自分は公立学校で日本語教室を運営しているが確かに子どものアイデンティティは大きな問題であると思う。様々な国から外国につながる児童、生徒が来日する中、すべての国のためのエスニックスクールを作っていくことは現実的に難しい。そのため、少しずつでも公立学校が変わっていかなければならないと思う。(公立中学教員)




「とても興味深い内容ですが、だた『起承転結』の『起』の部分だけなのが残念。問題提起のみで解決等は何もない」という厳しい意見もありましたが、その意見をしっかりと受け止め、具体的な実践を展開していけるよう、USMはこれからもがんばっていきます!

2012年3月31日土曜日

シンポジウム「多文化共生」論を問い直す―在日コリアンの視点から―

2000年代に入って「多文化共生」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。1990年代以降、ブラジル人をはじめとするニューカマー外国人か急増したという社会状況をうけたものです。
「多文化共生」とは「国籍や民族の異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」(総務省)と定義されています。しかしながら、この「多文化共生」社会の構図の中に、在日コリアンは含まれてきたのでしょうか?
本シンポジウムでは、まず在日コリアンの人権や民族学校出身者のアイデンティティをめぐる状況を報告していただき、さらにそれらを沖縄のアメラジアンスクールでの実践と重ね合わせることで、「多文化共生」論を問い直したいと考えています。


日時:2012年4月22日(日)13時~16時

会場:名古屋大学 野依記念学術交流館 カンファレンスホール
地下鉄名城線「名古屋大学」駅下車 2番出口から徒歩3分
★入場無料、事前申し込み不要

パネリスト:金東鶴(在日本朝鮮人人権協会)
「朝鮮学校の歴史と民族教育の権利について」

金泰植(獨協大学・聖心女子大学非常勤講師)
「『相互理解の場』としての朝鮮学校のために」

野入直美(琉球大学・アメラジアンスクール代表代行)
「アメラジアンスクールから見えてくるもの」

司会:山本かほり(愛知県立大学)、浮葉正親(名古屋大学)

★会場では、USMのブース企画として「南北コリアと日本のともだち展」のこどもたちの絵を展示します。
http://homepage2.nifty.com/2002/friends/
「大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国・日本そして在日コリアンの子どもたちの絵を、ひとつの会場に展示して、絵でお互いを紹介しあい、わたしたちの間にある壁を乗り越える第一歩にします。」

主催:多文化多民族共生社会研究会(愛知県立大学 山本かほり研究室内)
共催:名古屋大学留学生センター
協力:USM(ウリハッキョサポートネットメンバーズ)

2012年3月1日木曜日

USM公開学習会のおしらせ

日本社会とヘイトクライム(憎悪犯罪)
~京都第一初級学校を巡る裁判を振り返って~

講師:金尚均さん(龍谷大学・刑法)

日 時:201238日(木)19開始

会 場:国際センタービル 4階 第3研修室
    地下鉄桜通線「国際センター」駅下車スグ

参加費:500円(定員50名)

主催:USM(웃음=ウリハッキョサポートネットメンバーズ)


学習会終了後、懇親会を予定しています。

[趣旨]
2009年12月4日、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を名乗る団体のメンバーなどが、白昼堂々、京都朝鮮第一初級学校を襲撃した。その際、朝鮮学校を「ここは北朝鮮のスパイ養成機関」、子どもたちに対して「スパイの子ども」、「犯罪者に教育された子ども」、「朝鮮学校を日本からたたき出せー!」 等、おおよそ政治的な主張をしているように考えることのできない罵詈雑言を浴びせた。

2002年に小泉首相が訪朝した際に判明した拉致問題以降、朝鮮学校への高校無償化適用問題、大阪府の補助金停止問題、そしてそこに通う子どもたちに対する嫌がらせなど、官民一体で「北朝鮮バッシング」が繰り広げられている。

こうした日本社会の排外的な状況は、今日に至るまで植民地支配/戦争責任の曖昧さを引きずってきたことこそが元凶ではないだろうか。

在特会の朝鮮学校襲撃事件を「ヘイトクライム」の観点から、諸外国の法律を参照しながら検証する。

2011年12月31日土曜日

マスコミ各社の「北朝鮮」報道に対する抗議文(賛同募集)

12月17日、朝鮮民主主義人民共和国の金正日総書記が逝去された訃報に接し、USMメンバー一同、心から哀悼の意を表します。



USMでは、従来からの日本のマスコミ報道のあり方、そして今回の訃報に関して朝鮮学校関係者のコメントを興味本位で取材したことなどに憤りを感じ、マスコミ各社に対し抗議の意を表明し、各社に抗議文を提出します。


朝鮮学校や在日朝鮮人をとりまく日本社会のあり方を問い、北東アジアの真の友好ネットワークをひろげていくためにも、ぜひ以下の抗議文にご賛同ください。


★賛同に関して
個人として賛同を寄せてくださるかたは、お名前(戸籍名等の登録名でなくてもかまいません)と、公表をご希望の場合は所属・肩書き等をお書き下さい。
個人として賛同を寄せてくださるかたは、USMブログでお名前を公表させていだたくことの可否をご明記ください。お名前を公表しないかたちでの個人賛同も受け付けております。
団体としての賛同は、USMブログで団体名を紹介させていただきます。


賛同の受付はusm.aichi@gmail.comで受け付けています。
件名:マスコミ各社の「北朝鮮」報道に対する抗議賛同
本文:
おなまえ(公表の可否)
所属・肩書き等
団体
ほかにコメントなどあればご記入お願いします

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マスコミ 各社 御中


2011年12月19日に発表された朝鮮民主主義人民共和国の金正日総書記の逝去後、過熱するマスコミ各社の報道のあり方に強い憤りを表明します。


従来より、朝鮮民主主義人民共和国に関する報道では、好奇や蔑視の視線を隠すことなく、事実を無視もしくは憶測に基づきいたずらに危機をあおるような発言が繰り返され、そうした社会的雰囲気の中で、日本社会に生きる在日朝鮮人はさまざまな暴力にさらされてきました。


特に、朝鮮学校の生徒に対する暴力事件は、朝鮮半島における「事件」ごとに繰り返されてきたことを考えると、マスコミ各社はこうした自らの報道姿勢を省みる必要があります。
事実、現在日本のインターネット空間では、排外的な言説であふれています。そうした社会的空気感に便乗し、好奇や、差別・排除する対象としてのみ都合良く「北朝鮮」を持ち出すというマスコミ各社の態度に強い憤りを覚えます。


朝鮮学校関係者によると、金正日総書記の逝去後、中継アンテナをつんだ車が無断で朝鮮学校の敷地内に入り、さらに職員室にもおしかけ、ひどいところでは、朝鮮学校に通う子どもたち(小学生まで対象になったと聞いています)にまでマイクを向けたということも聞いています。わたしたちは、マスコミ各社のこうした暴挙を決して許すことはできません。


朝鮮学校の生徒、教員、保護者の方たちは、この2年近く朝鮮高校のみが高校無償化から排除されたという日本政府からのひどい差別に毅然と立ち上がり、何度も何度も日本社会に向けて、一日も早い無償化適用を訴えてきました。私たちはともに運動に参加してきましたが、このような真摯な訴えをマスコミ各社は十分に取り上げてきませんでした。しかし、朝鮮民主主義人民共和国の最高指導者逝去という事態に乗じて、朝鮮学校生徒、関係者に何の配慮をすることもなく取材を行おうとする、その態度に強い憤りを感じます。 


本来、報道の使命とは、こうした異常な排外的状況に対し警鐘を鳴らすことではないでしょうか。わたしたちは、マスコミ各社に、自らがおかしたこの過ちを誠実に認め、各地の朝鮮学校に謝罪をすることを強く求めます。


マスコミ各社には、本来のジャーナリズムがもつ精神に立ち返り、決して一面的ではない隣国・朝鮮の姿を伝え、日本社会にこれ以上の排外主義が高まらないような報道を心がけていただきたいと願います。


2011年12月25日


USM(ウリハッキョサポートネットメンバーズ)



賛同人 青柳行信(カトリック福岡正義と平和協議会会員) 秋田高志(会社員) 安藤直樹 李淳明(会社員) 池田宜弘(アジアこどもプロジェクト代表) I・T 猪島克 出水薫(九州大学大学院法学研究院教員) 伊藤謙太郎 伊東律子(賞味期限切れのカボチャ) 岩田菊二(東海民衆センター) 鵜飼哲(一橋大学教員) 浮葉正親(名古屋大学准教授) 呉英浩(司法書士) 大井光子 大石忠雄(元高校教員) 大谷戸雅煕(公務員) 岡田有生(東アジア共同ワークショップ) 緒方義広(韓国・弘益大学校専任講師) 小野寺真人(京都府立大学大学院) 柏崎正憲(ヘイトスピーチに反対する会) 綛谷智雄(福岡医療福祉大学教員) 金子忠政(高校教員) 兼近修身 川崎市・K 河津聖恵(詩人/第53回H氏賞受賞) 姜英哲(朝鮮総聯西東京八王子支部委員長) 姜隆正 金亜紀 金日宇(ウリハッキョ(朝鮮学校)を記録する会) 金優綺 金淑子(一粒出版) 金秀浩 金智仙 金泰植(獨協大学・聖心女子大学 非常勤講師) 金明秀(関西学院大学社会学部教授) 金勇樹 金英勝(朝鮮大学校、東京朝鮮中高級学校、東京朝鮮第一幼初中級学校に通う学生の父兄) 久保田貢(愛知県立大学教員) 琴基徹(月刊イオ編集長) 酒井克明(ATTAC-Japan会員) 澤田篤(ケパリの会) 篠原文浩(団体職員) 柴田三吉(詩人) 嶋田頼一 下條麻里 全弓子(民主女性同盟兵庫県宝塚市部) 申嘉美(ノレの会) 辛和美(愛知朝鮮中高級学校オモニ会) すずき りょう 首藤久美子 砂布均(歌うたい) 徐映里奈(ケパリの会) 徐隆德 そらともも(かっぺの逆襲) 宋実成 高林敏之(西サハラ問題研究会主宰/早稲田大学非常勤講師) 竹本昇 竹森真紀(北九州がっこうユニオン・うい) 田中ひろみ(日本軍「慰安婦」被害女性と共に歩む大阪・神戸・阪神連絡会) 筒井雪江 崔檀悦(ANTIFA★黒い彗星・筆頭) 曺民根 趙慶喜(聖公会大学研究教授) 趙華美 鄭剛憲 秦勝元(文芸同大阪文学部) 塚田タカヤ(めむ音楽工房(北海道)) ながい のぶかず 永野潤(フェリス女学院大学等非常勤講師) 中村優子 根来祐(映像作家) 野樹かずみ(歌人) 野島健太郎(作曲家) 河民一(大学教授) 朴一秀(北海道朝鮮初中高級学校教員) 朴順浩 朴成徳(埼玉青商会) 朴憲浩 朴美順(NPO法人コリアンネットあいち/多文化ネット「クミヨ」) 原科浩(大同大学教養部教授/朝鮮高校にも差別無く高校無償化を求めるネットワーク愛知) 韓英淑(東京朝鮮中高級学校保護者) 日置真理子 黄聖喜(朝鮮大学校経営学部) 福田光朝 藤井幸之助(神戸女学院大学非常勤講師/アプロハムケネットワーク大阪事務局長)  裵明玉 (弁護士) 許玉汝(詩人・コリア文学教室事務局) 北守(かっぺの逆襲) 前川幸美 眞鍋祐子 水野崇 三田敬 三井貴也(会社員) 光延一郎(カトリック司祭/上智大学教授) 村山森哉 文優子 森本孝子(平和憲法を守る荒川の会共同代表) 山口純一郎(クリスチャン) 山本かほり(愛知県立大学教育福祉学部社会福祉学科准教授/朝鮮学校にも差別なく高校無償化を求めるネットワーク愛知事務局長) 横原由紀夫(東北アジア情報センター運営委員) 横間洋海(呉朝鮮問題研究会代表/日朝友好広島県民の会事務局長) 吉澤文寿(新潟国際情報大学教授) 米津篤八(翻訳家/ソウル大学国史学科修士課程) 
李匡舜(ケパリの会) 李敬史(オスロ大学社会科学部政治学科) 李相英 李知純(ケパリの会) 李未来(高校教員) 李鎔一 柳学洙(一橋大学大学院生) bubka(ブログ「ここが変だよ在特会(仮)」管理人) Rawan (朝鮮学校無償化問題FAQ/編集) ほか匿名賛同11人


賛同団体 愛知朝鮮中高級学校オモニ会 かっぺの逆襲 月刊イオ ケパリの会 コリアン・マイノリティ研究会 在日本朝鮮留学生同盟東海地方本部 東アジア共同ワークショップ 福岡地区合同労働組合 ヘイトスピーチに反対する会


賛同コメント


・朝鮮学校をあくまでも「北朝鮮」の出先機関として扱う、マスコミ各社の偏った報道の仕方に在日コリアンに対する無理解と不勉強を感じます。そもそも、ある国の元首の死がなぜその国に対するネガティブ・キャンペーンにつながるのか、まったく理解できません。


・隣国の国家元首の死を憶測のみで報道するマスコミの姿勢に怒りを感じてます。


・共和国、在日同胞に関するマスコミの報道姿勢は、報道の使命、生命でもある中立性をまったく逸脱しているし、事実性も著しく欠いています。
もはや「反“北朝鮮”」、「反在日コリアン」の一大キャンペーン展開の先鋒として位置しているかのようです。
昨今の朝鮮学校、朝鮮学校生徒への暴力被害や反感もこういった報道がもたらした概念が生むものです。
マスコミ各社の、この間違った方向性は近い将来、自らの国民や国内の社会的弱者へ必ず派生するでしょう。
多大な影響力を持つ「兵器」ともなりうるマスメディア各媒体での上記現象を危惧し、また強く抗議します。



・マスコミに勤務している記者、個々人に問いたい。あなたたちに良心はないのか?
筆が剣よりも人を傷つける権力になるとわかっててやっているのか?
朝鮮学校、そしてそこに通う生徒たちは、これまでも朝鮮に何かあるたびに危険に曝されてきた。在特会が出てくるずっと前からそうだった。そして無償化適用除外・・・。日本政府は、朝鮮学校を外交の取引材料か何かのように扱っている。
そんなありえない排除、抑圧に加担するつもりか?
自分たちの立場性を問うてみろ。


・マスコミ各社の朝鮮学校関係者への無礼な取材は日本人として恥ずかしい限りです。朝鮮学校への謝罪を求めます。


・マスコミという“無冠の帝王”が本来なにを使命としていたのか、各報道人はもう一度自問してほしいと思います。「制裁」体制下の政権の不当な弾圧を糾弾するでもなく、この社会に蔓延する朝鮮学校蔑視に安易に棹さし朝鮮学校の学生たちにマイクの筒先を向けてコメントを求めるようなことが、果たして「報道機関」の名に値するでしょうか。巨大な影響力を持ちながら何の批判精神もなく、都合よく作り上げた「北朝鮮」像に憎悪と嘲笑の言葉なげる報道姿勢には、歴史への反省どころか人間存在への敬意すらまるで見られません。怒りとともに抗議します。


・悲しむ人々を嘲笑し、同時に在日朝鮮人に対する攻撃に《利用》するその卑劣さには怒りを禁じ得ません。


・この危機の時代を、共に力を合わせて乗り越えていくべき共存の同志である在日コリアン、そして未来の主役である子供たちである朝鮮学校生に対する理不尽なバッシングを、マスコミが煽るなど、決してあってはならない。詩人として、私自身のアイデンティティでもある尊い日本語を、やすやすと卑劣な誹謗中傷の次元へと貶め、傲然と他者へと振りかざすマスコミ関係者につよく自省を求めます。


・追悼についてコメントも無く、朝鮮学校、在日朝鮮人にまで“迷惑”を掛け、報道の倫理が問われる日本のマスコミに憤慨するとともに、抗議したく存じます。
まずはマスコミ各社の謝罪を求めます。


報道に携わる人たちには良識がないのでしょうか。誠意、礼儀、倫理というものがないのでしょうか。自らが自国の品格を貶めているとは気づかないのでしょうか。
今までの、マスコミによる共和国、朝鮮学校、在日朝鮮人に対するネガティブキャンペーンよってどれだけの偏見と差別と暴力の種を撒き散らしてきたかは言うまでもありませんが、この報道による過失に誰が責任を取ってくれますか?取れるのでしょうか?
深い憤りを感じます。強く強く抗議します!
恥を知りなさい!


・人権も教育の大切さも理解していない文部科学省、まともな外交が出来ない外務省、そして同様にレベルの低い政治家たち。これらを本来厳しく追及すべきマスコミが、礼儀も知性も批判能力もない恥ずかしい姿をさらけ出しており、暗澹たる気持ちになる。人権に配慮したまともな取材すらできないマスコミに心からの憤りを覚える。


・ 日本社会では、訴えること、助けを求めることのみならず、善意までもが偽善として叩かれ易く、どんな表現も、憚られる傾向があります。
日本人として、日本の現状を全体的に悲しく思います。
けれども、水曜集会のハルモニに多くを学びました。
悲観的になる余裕もないですね。
少しでもお力添えできるよう、今回の抗議に賛同するとともに、今後とも精進して参りたいと思います。


・「ならずもの国家」も行き着くところまで行き着いている。むろん日本のことだ。
戦後日本はみずからが罪のない「平和国家」であるかのような欺瞞にひたりきっているが、ところがその「平和国家」は、1945年までの朝鮮への侵略と植民地化を実質的にはまったく謝罪していない。
それどころか、朝鮮戦争時には当時の38度線以北の人工の30パーセントを銃と爆弾で殺し、その後も朝鮮をたえず監視・威嚇しつづけ、「冷戦」後にはソ連に向けていた核ミサイルを朝鮮へと向け変えた米軍を、この「平和国家」は毎年何千億円もの金を払って国内に置きつづけている。
自国による侵略や拉致(強制連行、「慰安婦」)は頬かむりしながら、朝鮮の拉致だけを非難し、アメリカの核ミサイルや自国が垂れ流している放射線には触れることなく、朝鮮の核だけをわめきたてることによって、この国では、一方的な経済「制裁」も、「高校無償化」政策をネタにして朝鮮学校生たちを外交上の人質のように扱うことも、なんでもできるようになってしまった。
そのあげくが、一国の指導者の訃報を前にして「北朝鮮の体制崩壊が来る?」などと色めき立ちながら、朝鮮学校を包囲するマスメディア(むろん産経だけではない)のありようである。
この態度には、いまも温存されている明治期からの朝鮮蔑視がよく表れている。
この卑怯で弱い者いじめしかできない「ならずもの国家」の本質が見えていないのは、日本人だけだ。

・『日本問題』は深刻です。僕の言う『日本問題』は以下の通りです。
1.南北分断や朝鮮戦争や在日朝鮮人の存在の歴史的起源が、日本の朝鮮植民地支配にある事を認識して無いことです。そのために朝鮮半島の平和体制構築  (朝米平和協定締結による朝鮮戦争終結、  朝米・朝日国交正常化、南北関係改善)実現の必要性や在日朝鮮人の民族的諸権利(朝鮮名での日常生活可能、朝鮮学校の経済的・制度的支援が可能な一条校認定)の必要性を認識出来ない事です。
2.日本学校で朝鮮植民地支配の犯罪性や在日朝鮮人が何故日本に存在するか?朝鮮学校が何故日本で設立されたかを教えて無いことです。無知・無関心であるために、北朝鮮報道がある度に、在日朝鮮人に対する民族差別や排外主義がエスカレートするし、朝鮮植民地支配を目的にした日露戦争を美化した司馬亮太郎の小説『坂の上の雲』が映像化されてドラマ放映されてしまってます。
3.朝鮮半島核問題の歴史的起源が、1957年にアメリカが、核ミサイル・核爆弾・核砲弾を韓国の米軍基地に配備して、北朝鮮に対して核攻撃の脅迫を開始した事を大半の日本人が認識して無いことです。『朝鮮半島現代史を学んでいないために、歴史的観点で朝鮮半島情勢を見る事ができないために、歪んだ北朝鮮認識しか持てないのが問題です』。
アメリカは今まで、米軍の侵略戦争やCIAの秘密工作によって、アジア・アフリカ・中南米・中東諸国の政権を繰り返し繰り返し打倒してきました。21世紀になってからも、アフガニスタン・イラク・リビアがアメリカの武力攻撃によって政権崩壊させられました。北朝鮮がそんな好戦的なアメリカを警戒して、核開発するのはやむを得ないです。


・「私は、ムスリムがイスラームの名によってイスラエル人や西洋人を攻撃したり傷つけたりしたことがない、などと言っているのではない。私が語っているのは、人がイスラームについてメディアを通して読んだり見たりすることのほとんどが、侵略行為はイスラームに由来するものであり、なぜなら〈イスラーム〉とはそういうものだからだと表象されている、ということである。その結果、現地の具体的なさまざまな状況は忘却される。言い換えれば、イスラームについて報道するということは、〈我々〉が何をしているかを曖昧にする一方で、このように欠陥だらけのムスリムやアラブ人とは何者であるかに脚光を当てる一面的な活動なのである」E.サイード『イスラム報道』増補版・みすず書房より
 マスコミの暴力性は在日朝鮮人に対してのみではありませんが、特に『北朝鮮報道』に関しては何でもありの状況です。第一、過去に金正日死亡説を声高に唱えていた早稲田大学の重村智計教授が、自身の発言に全く責任を取る事無く今またテレビに出ているのは悪いコメディにしか思えません。「北朝鮮」に関しては憶測を元に何を喋っても責任を取らないで良いこの日本の状況下において、研究者としての良心、メディアの良心はとうの昔に死んでいます。そして何よりもそれを許してきた僕を含めた教育関係者や視聴者こそが問題です。


・今回のマスコミの事態は、この間日本社会が平然と行ってきた不条理な北朝鮮および朝鮮総連、朝鮮学校バッシングの現実が露呈したにすぎません。麻痺しています。マスコミのみならず、日本社会全体に対して真摯な反省を求めます。


・日本の各メディアは、現在の「北朝鮮報道」の洪水が報道の名に値しない大衆扇動であること、それが日本人に根深く残る植民地主義と朝鮮蔑視感情に基づくものであることを内省するとともに、日本の朝鮮侵略の歴史を反省し、日朝友好の精神に則った報道に徹することを望みます。
併せて、朝鮮民主主義人民共和国を「北朝鮮」と呼ぶことは差別であり、不正確でもあるので、正式名称および略称として「朝鮮」を使用することを強く求めます。


・きょうのニュースで、小泉元首相が弔問したと報道されていましたが、当然です。なぜ日本の首相以下大臣が弔問しないのでしょうか。「北朝鮮」との正常化のためにこの機会こそ誠意を示すことが大切です。政府は、本当に度量がせまい。恥ずかしく残念です。


・今回の抗議によって、日本のマスコミが、北東アジアの「平和」に貢献できるような報道姿勢を一から積み上げ直すことができるきっかけになればと思います。


・このクニの「国民」はいったいどこに行こうとしているのか? マスコミだけの問題では決してないことに怒りと絶望を感じます。
社会が疲弊しかかっているから排外主義が横行する、ということなのでしょうか?
被災地に生きる者として、今年の漢字とされた「絆」と発語することに空々しさを、今回の報道によってなお一層のこと感じます。


・マスコミ各社の「北朝鮮」報道に対する抗議文に、賛同いたします。
3.11後、世論を誘導し、1%の利益に貢献することしか頭にない日本のマスコミの正体に気付いた人は多いと思います。
今回のことで、朝鮮学校に通う子どもたちに、心の傷を負わせてしまったことが、悲しくてなりません。無責任なメディアに煽られた日本人の言動のせいで、すべての日本人を嫌いにならずに済むように…日本で暮らすことが苦痛とならずに済むように。ささやかながら、私の気持ちを届けたいと思いました。「ごめんね、黙っていたら伝わらないよね。みんながみんな、メディアと同じ考え方でいるというわけではないんだよ」と。
一人でも多くの日本に住まう人たちが、皆様の抗議に賛同してくださいますように。願いを込めて。


・マスコミ各社による各地朝鮮学校及びそこに在学する生徒たち、教職員のみなさんに対する侮辱と差別、悪質なメディアスクラムに強く抗議するとともに、真摯な謝罪を求めます。
朝鮮半島における分断の状況、日本国内における在日コリアンの不安定な法的地位と謂われなき差別、いずれも日本の侵略行為の負の遺産であることに無自覚なまま、一方的に朝鮮民主主義人民共和国及び在日コリアンを侮辱し嘲笑しその責任を負わせる報道ぶりは社会の木鐸の名に値しないものです。ジャーナリストという以前に人間として恥ずべきものです。猛省を求めます。


・子どもたちを巻き込んでの取材、報道には憤りを覚えます。子どもの人権をしっかり守ってください。


・ 「坊さん憎けりゃ袈裟まで憎い」というこの日本社会に、薄ら寒さを感じます。「命」が重く尊いものと口では言いながら、マスコミ各社の未熟さ、幼稚さは同国人として恥ずかしい限りです。
幼い頃から、人を苛めてはいけません、人の悪口を言ってはいけませんと言われてきたはず。今一度その深い意味を、マスコミ各社・各人は自身に問い直すべきです。


・マスコミ各社の「北朝鮮」報道内容に強く抗議致します!


・日本のメディアは、アフリカで食糧不足が起こったり、中国で地震が起こったときには募金活動を呼びかけます。
ところが、世界で一カ国だけ、食糧不足が起ころうが水害が起ころうが、募金活動の対象にしない国があります。
朝鮮民主主義人民共和国です。彼らは、やせ細った子供の映像を見て「かわいそう!」と言います。しかし、「食糧を送ると体制を延命させる」などと言って決して送ろうとはしません。アフリカや中国の子供には援助する一方で、朝鮮の子供には援助しない。この差は何なのか? 彼らにとって、アフリカ人や中国人は「人間」だけれども、朝鮮人は「人間」ではないのです。真の「人間」解放のために戦いましょう!!



・東京板橋区にあるウリハッキョの終業式は、制服ではなく体操着で催されていました。
登下校も学校の記章が刺しゅうされた制服でなく、私服でとのことです。
「国際都市-東京」での現実です。

・国防委員長の「逝去報道」で、「平壌市民」なり、「住民」でいいものをわざわざ「北朝鮮人」と表記しています。
そのうち、在日朝鮮人も総連系は「在日北朝鮮人」と書かれるのでしょうか。
それに、タイトルも含めて「金正恩」ではなく、「正恩」と表記されています。
そんな、「親しみをこめて」? 報じなくてもいいのに。


・朝鮮民主主義人民共和国には、私たちと同じように、いろいろなしがらみの中で懸命に生きる普通の人たちが暮らしています。体制の姿をあたかも国民自身の姿であるかのように、面白おかしく報じることはやめてください。ましてや、日本で生まれ育った在日朝鮮人の子どもたちを、彼ら彼女らに責任のないDPRKの動向や朝鮮半島情勢といちいち結び付けることはやめてください。DPRKの軍事的脅威や「核の脅威」をいう以前に、米軍と安保条約で結び付き世界有数の軍事費(絶対額)を投入する日本の「軍事大国」ぶりを、また、これだけの核の被害をまき散らしてもなお「原発は必要」だと言い輸出まで図る日本の「核の脅威」こそ、真剣に報道するべきです。そして、日本の朝鮮学校排除が日本自身の批准する(民族的少数者の言語・信仰・文化の継承を肯定した)国際人権規約や児童権利条約などに違反しており、国連の人権関係委員会から何度も是正勧告を受けている事実を、きちんと直視するべきです。世界はこういう日本の姿を客観的に見ています。メディアにこそ、まず真の「国際感覚」を養ってほしい。


・「マスコミ各社の「北朝鮮」報道に対する抗議文」に強く賛同します。
先日行われた、外務省1000回目の「水曜デモ」に立っていると、「恥を知れ」と吐き捨てる、日本人かいかに多いことかと、同じ国籍を持つ者として心から恥じました。
しかし、わざわざ「恥を知れ」と吐き捨てないまでも、抗議文にあるように、日々反復される「北朝鮮」(この呼び名がすでに悪意が込められてますが)報道、あるいは朝鮮半島や中国、つまり(旧)植民地に対する蔑視報道により、差別意識は意識されない意識として刷り込まれているのだろうと思います。
こうしたいっさいに抗議するとともに、過去の加害についての、日本国家による正式な謝罪、補償もまた求めていきたいと考えます。


・日本政府・政党は、政治的理由や好悪の感情で民族差別をしてはなりません。日本に居住し教育を受けている子どもたちは対等平等に教育を受ける権利、民族教育を行う権利があります。高校無償化問題で差別することは許されません。マスコミが興味本位の報道を行い偏見を助長する行為は、差別以外の何ものでもありません。


・マスコミ各社に申し上げたい、自己のあり方を問い直すつもりはありませんか?

・日本の多くのマスコミ(特にテレビ)が、興味本位で「ネタ」として隣国を扱う非礼さと、正確な情報・データに基づかない無責任なコメントを垂れ流していることに、強い憤りを感じます。
国交正常化こそが、さまざまな問題を解きほぐしていく大前提なのに、それを無視するマスコミ記者があまりにも多いように感じます。


・かつての植民地政策の結果、日本に住まざるを得なくなった朝鮮籍市民が、韓国籍市民が、日本籍市民と同等の権利を有する存在であると考えています。
特にこどもたちへの攻撃は絶対に許せません。


・抗議文作成、ありがとうございます。この国のマスコミの異常さは、呆れるほどです。人々のなかにある差別意識に火を付け、誤った一方的な報道によって、人々の意識を誘導して酷いことを平気で垂れ流す、日本の植民地支配について何も報道せず、拉致問題によって、日本は加害国から被害国に転換するような歴史の歪曲に手を貸し続けていることに少しでも良識ある報道人なら反論してしかるべきなのに、今の報道人にはポピュリズムにのっかり、煽り、なんの罪もない朝鮮学校の子どもたちをいたぶるようなことを恥ずかしいと思う人はいないのか。情けない。


・まっとうに暮らす多様な人びとの、それぞれの尊厳が守られない社会は、ジャーナリズムにとっても暗黒の社会であるはずです。仮にもジャーナリストを名乗るのであれば、ごく一部の日本人による「排外的心情」に迎合したり、ましてやそれを煽るような報道をくり返すのは、言論の自殺行為であると、強く訴えます。


・大手マスコミには、自分たちが日本を動かしてる的な意識があるのかな?
政治家にも、官僚にも、経済人にもそう感じるんだけど、どれもすごく気持ち悪い。
そんな人たちにも、金正日氏にも、元々政治というものに興味が持てなかったんだけど、震災以降知ろうとせざるを得なくなって、そしたら色んな所が変てこで。
なにはともあれ、子どもに手を出すな。傷つけるな。


・虚言にもとづいてものをいえば、犯罪を構成します。朝鮮学校に関する報道でマスコミがおこなってきているのは、そのようなことです。基本的人権という守るべきものを、その言論をもって断固守るという義を失えば、言論は、卑しさのほうに雪崩落ちていくばかりだということを、まざまざと見せてもらっています。その怠惰と傲慢を非難したい。


・想像力の欠如・差別は、暴力です。


・マスコミの北朝鮮(共和国)に対する興味本位の報道が、日本人の多くに「偏見、蔑視」の感情を増幅させ在日朝鮮人に対する差別意識を助長させています。
政党・政治家は好悪の感情、米国従属意識による政治的判断に基づいて行動し人権意識を欠落させています(国際社会からみれば日本は感情的な国民で理性的に判断できない国だ・・との評価)。高校無償化問題で未だに朝鮮学校など民族教育を行う学校を排除しているのは、明らかな差別です。
このようなマスコミ、政治家の言動が新たな右翼団体の傍若無人な行動を支える基になっています。自由というのは、自分の思い込み・思想で他者を差別・侮辱・蔑視することを許す権利ではありません。マスコミの社会的責任は大きいです。人権を最優先することをマスコミに求めます。


・民族蔑視を助長し、差別の片棒を担ぐ報道は今すぐやめてほしい。


・朝鮮民主主義人民共和国の報道に関しては、事象の一面を捉えてそれを全体的な事象であるかのように描いたり、歴史認識を欠落させて一方的に共和国を非難したり、世界各国どこの国にもプラスマイナスいろいろあるのに共和国だけをターゲットにしてマイナスイメージを醸し出すような報道ばかりです。このような民族差別と排外主義を煽る報道に強く抗議します。


・ウリハッキョサポーターズメンバーによる、『マスコミ各社の「北朝鮮」報道に対する抗議』に賛同いたします。
僕が高校の時、熱心に歴史を教えて下さった先生がいらっしゃいました。
その先生のおかげで、「第二次大戦はアメリカにはめられて戦争をしてしまった」という自民族中心的な歴史感から、はっきりと「日本は侵略戦争を行ったのか…」と考えるようになりました。そしていまだに日本内に民族差別・沖縄差別があることを知り、また愕然としました。その絶望感はいまだに続いています。
それどころか、90年代終わりから、日本の自称愛国者たちから、歴史を歪曲するような言説が垂れ流され、僕の世代を含めた若者たちがこの歪んだ「ナショナリズム」に吸収されていることにさらに絶望を深めています。
「日本人」として本当に責任を感じています(ナショナリズムや愛国心、民族愛など嫌悪していますが、この問題には「日本人」としての責任を感じずにはいられません)
マスコミではアウシュビッツは取り上げるが、朝鮮人差別、慰安婦問題、南京大虐殺、重慶爆撃は取り上げない欺瞞。
いつになれば、朝鮮半島および東アジアとの過去‐現代‐未来を真摯にとう歴史空間が登場するのか…
その歴史空間をつくり上げるため、微力ながら今回の抗議活動に賛同したいとおもいます。


・この間のマスメディアの報道は、これまでにもまして厚顔無恥としか言いようのないもので、自分を振り返らないこの国の行く先はもう、絶望的としか言いようがないのですが。こういった声明文を出してくださったみなさんに感謝するしかありません。


・本件が朝鮮学校に被害が及ぶ事への非難であるならば賛同します。
朝鮮学校への取材は、泣き叫ぶ姿を面白おかしく取材したいだけ、政治的な意図があるとはとうてい思えません。


・何時もながらのマスコミ報道に怒りを覚えます。日本の知人等も訝しげに思う事多々あり恥ずかしくさえ思うと仰っておられます。自分たちの考えだと思わないでくれと嘆いておられました。正しく、信じられる報道を。


・マスコミの世論操作にはもううんざりです。もうマスコミが信用を回復するなんて不可能です。


・隣の家の大黒柱が倒れて、そりゃ、嫌な奴だったかもしれない。でも、だからといって、葬式に行かないっていうのは、常識はずれだと思う。弔問に行きたい人に、再入国させない、っていうのは、完全におかしい。マスコミ報道は、朝鮮民主主義人民共和国が変な国、ひどい国との色眼鏡に基づいているけれど、日本も負けずに変な、ひどい国だと思う。拉致被害者家族の会も、日本政府なんか当てにしないで、自分達で弔問外交をすればいいのに、と思う。
まえがき長くなりました。もう、ウンザリしているものだから・・・
マスコミ各社の「北朝鮮」報道に対する抗議文に賛同します。
せっかく伸びやかに育っている子ども達に、政治的な思惑やら、煽りやらを押し付けないで欲しいねぇ。差別はほっとくと、いつか自分に向けられることをみんなわかっていないのかなぁ。困ったもんだ。


・テレビを消すだけじゃ済まない現実に愕然とする。事実上それで済ませてきた自分にも戦慄する。この声明に賛同したからといって、差別排外に荷担してきた事実が消えてなくなるわけじゃない。シニってないできょうから行動します!まずはUSMに見習って報道各社に抗議、申し入れする!


・視聴者、購読者の関心や好奇心に応えようとするのは、マスコミとして当然のことだと思います。私たちも興味をそそられるもの、面白いものをいつも期待しています。
しかしそのために誰かの、特に訴えるすべのない子供や社会的弱者の基本的人権が踏みにじられてはいけないという配慮を巡らせることは、最低限守られるべきジャーナリストとしての誇りではないでしょうか。
一度や二度ではなく、ことあるたびに繰り返される朝鮮人児童、生徒や学校への暴挙ともいえる取材や、その後の様々な悪影響について、「それとこれとは別」と言わんばかりの態度には驚くばかりです。
朝鮮民主主義人民共和国という国家と、日本で生まれ育ち隣に住む、日本社会の一員である在日朝鮮人という個人をどのように扱っていくべきか、熟慮すべきではないでしょうか。


・朝鮮民主主義人民共和国についての報道が過熱するたび、朝鮮学校に通う方々に日本人が暴力行為をエスカレートさせると思うと、本当に腹立たしくなります。
マスコミのせいで日本人の差別が激しくなるのか、日本人の差別が激しいからマスコミの報道がひどいのか。


・この運動が少しでもマスコミ報道に変化をもたらすことを願ってやみません。


・マスコミ各社による共和国関連の報道は最悪の状態に思えます。
ある種、「韓流」ブームで芸能人を消費するメディアが、反比例的に共和国へは好奇とバッシングを娯楽のように扱い、深刻な差別の助長に鈍感になっている醜悪ささえ感じます。
抗議に賛同いたします。


・「ネタ」のために、在日の子どもたち、そして多くの朝鮮の方に人権侵害、暴力を繰り返し振る舞うマスメディアの取材やと記事に怒りを禁じえず、そしてこのような日本社会の一員であることをとても恥ずかしく思います。
言葉は世界をつくっていく。言葉は意味づけをし、そこに力を与えます。
今、つくられているのは、マスメディアや排外主義の人たちの放つヘイトスピーチによって強化される差別的で暴力的な社会です。
マスメディアに関わる11人がそれを自覚し、許されない酷い取材を行ったことを謝罪して欲しいと思います。そしてそのようなマスメディアに、きちんと日本人は抗議すべきです。


・今こそ北朝鮮と日本の友好を結ぶべき時だと思います。先日の朝日新聞の一面に、随分前ですが、息子の金日恩氏がお忍びで日本を訪問したことの掲載がありました。その記事の内容は何を言いたいのか、わたしには解せませんでした。
今だもって、北朝鮮を悪い国だと差別化したい人が多勢いることに、杞憂いたします。


・ただただ「奇異なもの」「異質なもの」としてしか朝鮮民主主義人民共和国(以下「共和国」とする)をうつしだそうとしないばかりか、嘲笑、侮蔑、嫌悪の対象として共和国を規定して煽り、イメージを固定化し続ける日本の多くのマスメディアの姿勢には常々違和感と嫌悪感を覚えますし、今回の金正日総書記死去を取り巻く報道のあり方にも同様の理由にて強く抗議します。わたしからすれば、ほとんどのマスメディアはこと共和国やそれにつらなるものに関して、日本の「大衆」に向けて「自分たち」の「理解に沿う」かたちで、「ウケる」かたちでの報道を追及しているようにしか見えません。そんな自分たちの姿勢や視線こそが奇異で滑稽なものであることに自覚的になってほしいです。


・連日続く日本の「北朝鮮」バッシング、朝鮮学校に対する誹謗中傷。言葉という武器で多くの朝鮮人が傷付き見えない血を流しています。今一度日本の報道の在り方を問い直して頂きたい。マスコミ各社の謝罪を求めます。


・報道が偏っていると思います。マスコミは影響力が大きいのですから、極力こうした内容に対しては中立的表現を目指すべきです。ましてや、学校の子どもたちに直接マイクを向けるのは酷いです。

(2012/1/23現在 賛同人124人 賛同団体9)